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[ 01.diary ] 2010年08月28日
時は流れて
一年前にコペンハーゲンからやって来た嵐君。
滞在中仕事が手に着かなかった、かわいすぎて。。。。

あれから1年経ち、嵐君こんなに大きくなりました。

子供の成長はあきらかに目に見えるのに、
僕は何年経っても同じく展示会の前に切羽詰まる。
成長していない。。。
ただ、デザインは少しずつ成熟して来ていると、、、思う。。。。
5年前、明らかな個性を発揮するために、
誰もやらない事、誰とも違う分かりやすいデザインを盛り込もうとしすぎていた。
3年経った頃か、原点に返る。
『着てかっこいいものを作ろう』
自己顕示欲を削る勇気。
5年目、やがてバランスが整い、それでいて明らかな個性をもち始めた。
当初、個性を平面的に表現する事にとらわれていたが、
この頃から、laluとしての個性を全体のフォルムとして発揮し始めた。
フォルム、つまり立体造形。
時間をかけてようやく手に入れた自分らしさ。
今なら、あの頃創るのをあきらめた物も創れるような気がする。。。
流れた時間と、噛み締めた苦虫は、
諦めさえしなければ、すべて糧となる。
って事だ。
僕の周りに居る、今はまだ悶々と立ち尽くすだけの若者諸君、
君らにもきっといつかそんな日が来る、、、と思うよ。
がむしゃらを継続せよ!
[ 01.diary ] 2010年08月23日
深夜の嫉妬
大きな影響を受けた先輩がいる。
彼は今、イタリアでも名の通る巨匠だ。
先輩が今シーズン、いったいどんなデザインを世に送ったか、
気になってネットの波に乗って見に行ってみた。
見てしまった。
なんてかっこいいコートなんだ。
ちくしょう!
21歳の時、僕が憧れる洋服を創る人々と、
同じテーブルで夕食をとるようになってから15年、
その間で最も、いや、唯一影響を受けた“男”。
そろそろ作品引っさげて一度会いにいこうかと思っていたのに、
再び己の未熟さを痛感した。
僕が見て来た本物の洋服の伝道師達と同じ土俵でいつか戦いたいと思い、
5年を費やし修練して来たつもりだったが、
師匠はもっともっとすごくなっている。
いや〜やられた。
逃げ出すつもりではなかったが、
イタリアでガチンコ勝負をしていたブランドを離れ、
最前線から距離を置いて来た5年間、
やはり僕はぬるま湯につかっていたのか。。。
あんなにいろいろ経験させてくれた先輩達に失礼だったのだろうか。。。
本当に僕は今のままで良いのだろうか。
本当は否定されるのが怖くて、
先輩達と同じ戦場に乗り込むのをさけているだけじゃないのか?
こういう刺激を受けなきゃいかん。
だから、やっぱりそろそろ会いにいこう。
東京時代、さんざん可愛がってくれた大先輩。
結婚式にも飛んで来てくれたあの人に、
一杯おごらせていただきつつ、5年間の僕と、
今の僕と、未来の僕について話して来よう。
そして、メラメラと燃えている僕の野望を聞いてもらおうか。
お叱りも楽しみだ。
なんせ、僕がデザイナーになったのはあの人の一言のせいだから。
きっと一晩酒を飲むと、翌朝、僕はまた何かを手入れているはずだ。
身近な人間なら、僕がこんなに誰かにとらわれるの見た事が無いと思う。
それだけ、あの人の存在は僕にとって大きなあこがれであり、嫉妬の対象なのだ。
勝ち負けではなく、もっと素敵な、ずっと美しいなにがしだ。
興奮した午前三時。
そろそろ寝ないといけないのに、
あのコートとやる気がぐるぐる渦巻いて、眠れそうにない。
ちくしょう〜。でも、きっとやってやる!
楽しくなって来た。
[ 01.diary ] 2010年08月22日
同級生
じわりじわりと詰める中日に、
首位堅守のグランパス。
天下取りは尾張名古屋の専売特許。
名古屋人の心は踊っている。
昨夜は大学の同級生と寿司を喰らい、祇園のバーで語らった。
名古屋の大企業の御曹司と、
そこに引き抜かれ、出世街道をひた走るもう一人の同級生と、
久しぶりに連絡のあった我が社初代スタッフの美女と、
15年前やら6年前を思い出しながらゲラゲラ笑った。
あの頃、安い酒を飲んで朝まで遊んだ180cmの大男3人組は、
しっかり順調に老け込んで、
少しばかり稼げるようになったおかげで旨い寿司を食いながら、
お互いの現状を讃え合うまでに成長した。
しかし、代償はやはり大きく、
あの頃朝までもった体力はてっぺん超えるのもやっとだった。
何も変わらないのは無理だが、
時々昔へ逃避行する事が出来る仲間は、すばらしい。
そんな彼らも彼女も、みんな僕の活躍を心から期待してくれている。
味方はやはりすぐに誰なのか分かる。
しかし、敵は姿を変えて忍び寄る。
誰よりもそういう危機を経験して来た僕は、
よけいに味方を大事に思うんだな。
楽しい夜を過ごせた今日はがんばって働いた。
9月に向かう残暑の日々、
しばらく昔の仲間に会う時間は無くなる。
でも、また一段落したらみんなに会いにいこう。
展示会まであと1ヶ月半。
ラストスパートをロケットエンジンにて稼働。
今週も張り切って参りましょう!
[ 01.diary ] 2010年08月20日
大好物

写真:Favor
pernilla chair
欲しい。
欲しい。
こんな椅子で、優雅に深夜を過ごしたい。
ブルーノマットソン。
このRデザイン先輩、嫉妬する。
人間の体を支えるために生まれた理由ある曲線の完璧な関係性。
これです。
いろんなデザインがあってしかるべき。
ただ、僕が目指すのは、
予備知識無しに絶対的に美しいと思えるデザイン。
『このディテールは〜年代の〜で』
『今回のテーマは人間の〜に対する〜』
そういう他人依存な価値観は僕にとって美しくない。
僕個人の中で完結するものでなければならない。
つまり、他人依存の対義、自己完結。
どちらかと言えば、それはアートの定義。
でも、アートほど自由ではなく、
明らかにそれを手にする対象を意識した上での、自己完結。
デザインとアートの中間にある新しい価値領域。
な〜んてそんなたいそうなのを目指していたりする。
[ 01.diary ] 2010年08月15日
高鈴のうた
今日は、写真無しでいく。
昨日、8月14日、僕らの大切な記念日に、
古くからよく知る友人、そして、同じく表現をする事を生業とする仲間、
『高鈴』に歌を歌ってもらった。
二人の音楽をああだこうだ書きたくない。
アレは聴くもので、それをどうのこうの言うものじゃない。
感じるものである、そこにしかないものだ。
それぞれが、それぞれにだ。
僕は、仕事を忘れてずっと楽しんだ。
ホテルも一緒だったので、
チェックアウトの時、アンケートの内容も教えてもらった。
中には、涙を我慢しなくちゃいけないエピソードもあった。
音楽。
そこには、有形のものには無い力があると信じている。
だから、かつて、それに飲込まれて表現者を目指した。
夢は叶わなかったが、そこから洋服という別の夢を見つけて、
現在を手に入れた。
仲間や弟がその世界で生きている事に嫉妬しながらも、
彼らの表現を少し特別な立場から受け止められる事に感謝している。
打ち上げでは、古い友人として、
10年前からの昔話をしながら笑いに笑った。
これからもきっと大事な友達。
そして、同じくらい、あの二人のファンとして、
紡ぎだされる音楽を純粋に楽しんでいきたい。
暑い中、たくさんのご来場に感謝。
楽しんでいただけましたでしょうか?
今度は京都でやりたいと思います。
また一緒に楽しみましょう。
ありがとうございました。
ありがとう高稲ちゃん、彰久。
また、やろう。
[ 01.diary ] 2010年08月13日
8月12日
自分の誕生日以上に思い出深い日。
1977年、三歳の8月12日、
僕は兄になった。
ほほを真っ赤に膨らませた、やたらと笑う弟の兄となった。
今でも兄弟揃って親に心配ばかりかけている出来損ないの兄弟の兄になった。
1985年、11歳の8月12日、
飛騨のじいちゃんちで弟の誕生日を祝っていた。
鳴り響くニュース速報。
生まれて初めて見る飛行機事故の映像。
大きな衝撃を受けたのを覚えている。
しばらく何も無い8月12日を過ごし、
2004年8月12日、laluというブランドを始めた。
友人のカフェでお祝いライブ。
高鈴と僕の友人のバンドのライブ。
高鈴も交えて、僕もギターを弾いて1曲歌って大騒ぎした。
2007年8月12日、KAMMERをオープンした。
京都のど真ん中の交差点に、
看板も出さないガラスばりの店を創った。
人が集まる場所という意のKAMMERという店を創った。
その夜、新しい親友が出来た。
その男は僕の門出をすばらしい音楽で飾ってくれた。
高鈴も一緒に祝ってくれた。
東京から、名古屋から、いろんな友達が駆けつけてくれた。
贅沢な贅沢な8月12日を感謝している。
日が明けて13日になった。
今年の8月12日は静かに自宅で絵を描き続けた。
42型のデザインを描き、38型破り捨てた。
地球に厳しく、真っ白な紙を次から次へと破り捨てながら、
コーヒーを飲み、途中風呂に入り、今、再び描き始めた。
弟に送った誕生日プレゼントのお礼のメールが来た。
かわりに新曲の音源を要求した。
来年の8月12日は何かしでかそうか。。。
そうなれば良いが、今は絵を描かなくちゃ。
明日は嫁のご先祖様に手を合わせに行ってくる。
久しぶりに義父ちゃんとも酒飲めるかな。
僕らの両親は飛行機事故に会う事も無く、
必要以上に元気にしている。
当たり前の事だが、それを奪われる事もある。
だから、何でもない事もしっかり真剣に受け止めて行こうかな。
[ 01.diary ] 2010年08月12日
3年
今日で、この堺町六角に店を移して3年になる。
K(コー)としてひと月、KAMMERとして2年半、
そしてcassowaryとなり半年。
少しずつ姿を変え、多くのお客さんに支えられて、ここまで来た。

看板は無し。
雑誌取材は一切拒否。
取引オファーは一切無視。
一見性格の悪い要素に見えるが、
僕としては、逆である。
僕らを必要としてくれるお客さんを大切にするためであり、
一緒に戦う仲間のブランドを守るためである。
このスタンスに対し、批判はたくさん受けたが、
指示してくれる人の数が大幅に上回り、
僕らは少し成功し始めている。
批判ばかりする人々は、何も助けてはくれない。
味方はやはりはっきりと味方である。
大事にしなくちゃいけない人々が誰なのかを見失わないように。
きれいごとではなく、本質的に、誠実に。
これからもこのまま、さらに、高く。
どうぞ、よろしく。
[ 01.diary ] 2010年08月09日
成長
ユウト、2日連続の登場。
2日とも全身を使って僕を拒否。
1日目は親が折れた。
しかし、昨日は見放された。
しばらく泣き叫び、なだめるうちのスタッフと小競り合いを続けたが、
僕の奥の手、『めちゃくちゃ飛ぶ紙飛行機』で状況を打開。

そして、この笑顔だ。
いったい何が嫌だったのか、その後は僕にべったりだ。
それにしてもちびっ子はみるみるでかくなる。
それに比べて僕ら大人は、全くみすぼらしい。。。。
くだらない事に一喜一憂して、
今日もストレスの揺さぶりにめまいが止まらない。
そんな曇り空をはらすのはやはり洋服だな。
あ、あと中日。それからグランパス。それから中京大中京。

lalu史上最高額のこいつが2日連続で売れた。
感謝!!!
勇気を持って作ってよかった〜。
この魔族の普段着は今年の新人王だ。
最近、後輩的元高校球児とよく飲みに行く。
中学時代に130キロを軽く出し、
鳴り物入りで某私立高校に入学したが、
指導者に恵まれず、疲労骨折で野球人生を棒に振った。
古き悪しき定説にとらわれた野球論の餌食になったそうな。
その古き悪しきもある革新的な成功論がでれば、
全国一斉に手のひらを返し、
うさぎ跳びをやめ、水分補給をマメにしだすんだ。
当たり前の事をしようがしまいが関係ない。
問題は本質をしっかり理解する事。
それが出来ない限り、結果は同じ事。
この業界を作ったブラフマン達の下で見させてもらった『本質』が、
これほど自分にとって大きな財産になるとは、あの時気がつかなかった。
それなのに、僕はあのお方にずいぶんと無礼をはたらいたものだ。。。。
いつかお会いする事があれば、
まず、この感謝を伝えなくちゃいけないと思う。
敬意を払い、僕もいつかは黒ぶち眼鏡をかけて仕事をしよう。
[ 01.diary ] 2010年08月08日
反比例
ピーカン!

スッコ抜けた夏の空の下、
コンクリートの監獄は秋冬真っ盛り。

売れました、35度の空の下でね。
ここcassowaryでは、30度を超える日々にコートが売れて、
10度を下回る中、タンクトップが売れる。
良い店になって来た。
たのしい店になって来た。

この面構えに試着したらみんな値段との格闘を始める。
リスクを伴うデザインに、僕らのお客さんは目を輝かせてくれる。
オーダーやメディアの作る嘘っぱちの流行に影響されず、
自由に物創りをして行けるように、
これからもデザインと接客の両立をレベルアップさせて行く。
それにしても中日が面白い。
昨日なんてもう、中日ファンにはたまらなかった。
45歳の山本昌が好投すれば、
その彼が初勝利を挙げた23年前に生まれた堂上が決勝2ラン。
現在4回裏攻撃中、中2-0神。
今日も『いいぞ、がんばれ、ドラゴンズ!燃えろドラゴンズ〜!』
さて今から堂上弟がバッターボックス。
さようなら!
と、思ったらタイムリー2ベース!!!
続いて堂上兄登場!
今度こそ、さようなら!
[ 01.diary ] 2010年08月07日
続:ドラゴンズファンで良かった。
本日2度目の
今日はデーゲームだった。
そして、勝った。
堂上弟、本日も2ランホームラン。
すばらしい。
ブランコが2軍に落ちたから、
スタメンは生え抜きが7人。
そして本日のお立ち台は44歳のこの男。

山本昌!!
1軍復帰即好投!!
高校の頃、よく近くのコンビにでお見かけした、
企画はずれの大男!
そのくせ手先が器用なラジコンマニア!
冴える変化球と130キロ台のストレートで23年。
男だ。
あぁ、楽しい。
おかげさまでデザインも好調。
明日もまた新しいヒーローの登場を期待して、
今からパターンの打合せ。
ドラゴンズファンで良かった。
レギュラーのうち、生え抜きが2人しかいないチームのファンだと、
こんなすばらしい事は体験できなかっただろう。
ドラフトで取った選手をしっかり育てて、
3年以内にはいつでも1軍で使える選手になる。
入団前、それほど騒がれた選手ではないにもかかわらず、
くすぶる『怪物くん』よりも早くお立ち台。
今、中日のスタメンは、和田、谷繁、ブランコ以外はすべて生え抜き。
投手はほぼ全員だ。
そんなすばらしき我がドラゴンズにおいて、
昨夜、待ちに待ったこの瞬間が訪れた。

殊勲のタイムリーを打った二人。
この若い二人、兄弟だ。
右:堂上直倫(弟)と左:堂上剛裕(兄)。
イチローの後輩、名門、愛工大明電出身。
父も元中日の選手、堂上照。
2008年まで中日球団寮、『昇竜館』の寮長でもあった。
現役時代は中継ぎ投手として活躍。
リーグ優勝した年は防御率は1点台。
さらにさらに、バッティングが良すぎて、
投手ながらに、何度か代打としても出場した。
息子達はその血をひているんだな。
うれしくて、うれしくて、昨夜は仕事がはかどった。
堂上家はさぞかしすごかっただろう。
同じチームに兄弟で入団する事をお母さんはすごくいやがったそうだ。
その心配を、球団がしっかり育てて消し去った。
いろいろ言われる落合監督だが、
僕は好きだ。
全国ネットでやたらと落合監督を目の敵にする元阪神の2流投手がいるが、
おそらく、落合さんは彼の事など相手にもしていないだろう。
今夜も若い選手が活躍する良い試合を期待しつつ、
今から店に向かう。

